はじめに:他人への興味が薄れてきたと感じた話
最近、職場の飲み会で若手社員と話していて、ふと気づいたことがあります。
「自分は、他人への興味がほとんどなくなっている」という事実です。
冷たいわけではありません。
ただ単に、興味を持つ余裕がなくなったというのが正確な表現です。
結婚・育児・仕事の負荷が増えると、人の価値観は自然と変わります。
今回は、私自身がどのように変化していったのかを、本音で書き残しておきたいと思います。
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若手社員と話が噛み合わない理由は“生活ステージの差”にある
飲み会では若手社員10名ほどと話す機会がありましたが、既婚者は私だけでした。
子どもが2人いるのも当然私だけです。
ほとんどの若手は恋愛すらしていない段階で、数名がようやく恋愛のステージに入った程度。
一方で私は、育児・家計・夫婦関係・仕事の責任といった、まったく別のステージにいます。
この時点で、価値観が大きく異なるのは当然です。
若手から「結婚って羨ましいです」と言われても、正直ピンときません。
羨ましいと言われても、私はすでに“結婚後の生活”を何年も経験しているからです。
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「結婚が羨ましい」と言われたときに感じた違和感
ある若手社員から「結婚羨ましいです」と言われました。
「では、結婚すれば良いのでは?」と返すと、
「もっと相手を見てから」と返ってきました。
このやり取りで感じたのは、
“結婚したい”のではなく、“結婚している状態が羨ましい”だけなのだなということです。
私は「子どもが欲しい」という明確な目的があったため、結婚という手段を選びました。
目的が明確であれば、迷いは生まれません。
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世間体に縛られて動けない人が多すぎる
世間体は、他人のためのルールです。
- 結婚は順番が大事
- こうあるべき
- 親がどう思うか
- 周囲がどう見るか
こうした価値観は、合理性とは無関係です。
「順番を守ること」が目的化してしまい、本来の目的を見失っている人が多いと感じます。
結婚しても子どもができないケースもあります。
順番を守ることより、自分の目的に沿って行動する方が合理的だと私は考えています。
私は自分で考え、自分の目的に沿って行動しました。
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他人への興味がなくなったのは“負荷が増えたから”
他人への興味が薄れた理由は、冷たさではありません。
単純に、負荷が増えたからです。
- 結婚
- 育児
- 家計
- 仕事
- 責任
- 時間の制約
- 睡眠不足
- 職場での立場のギャップ
これらを同時に抱えていると、他人の人生に興味を持つ余裕は自然となくなります。
脳が「余計なことを考えないモード」に入るのです。
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興味はないが、最低限の関係は維持する理由
他人への興味は薄れましたが、関係を蔑ろにすることはありません。
なぜなら、
人間関係をゼロにするとリスクが増えるからです。
困ったとき、何かトラブルが起きたとき、
誰かに助けてもらう場面は必ずあります。
そのため、最低限の関係は維持します。
- 深入りはしない
- 敵は作らない
- 必要なときだけ機能する距離感を保つ
これは、感情ではなく“合理性”で選んだ距離感です。
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自分を動かせるのは自分だけ
他人が私を動かすことはほとんどありません。
あるとすれば、
- 私の価値観や目的を理解した上で、計算して働きかけてくる場合
- 偶然、私の目的と一致する状況が起きた場合
この2つだけです。
他人軸で生きる人は、他人軸のまま苦しむでしょう。
私は自分の目的に沿って行動します。
理解されなくても構いません。
理解される必要もありません。
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結論:他人への興味がなくなるのは“成熟の副作用”
他人への興味がなくなったのは、
疲れでも無気力でもなく、
自分の人生を守るために必要だった変化です。
負荷が増えれば、他人への興味は自然と削られます。
そしてその変化は、私にとっては“ちょうど良い距離感”になりました。
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まとめ:自分の人生は自分でしか動かせない
結婚・育児・仕事の負荷が増えると、価値観は変わります。
他人への興味が薄れるのは、自然な適応です。
自分の人生は、自分でしか動かせません。
他人の価値観に合わせる必要はありません。
これからも、自分の目的に沿って、自分の人生を楽しんでいきたいと思います。